ベーチェット病とは
診療
ベーチェット病とは
ベーチェット病は(Behçet’s disease)は、口腔粘膜のアフタ性潰瘍、外陰部潰瘍、皮膚症状、眼症状の4つの症状を主症状とする慢性再発性の全身性炎症性疾患です。その病名は、はじめての報告者、トルコのイスタンブール大学皮膚科Hulsi Behçet教授に由来するものです。古い文献をひも解きますと、日本、中国、地中海沿岸の領域にこの疾患の患者さんが存在していたものと推測されます。その分布は現在も変わっておらず、日本をはじめ、韓国、中国、中近東、地中海沿岸諸国に多発し、ヨーロッパ北部やアメリカその他の地域では稀な疾患です。このためシルクロード病という別名で呼ばれることもあります。平成19年3月現在、日本での特定疾患治療研究受給者数は約16,638人であり、北高南低の分布を示し、北海道、東北に多いとされています。
原因は?
ベーチェット病は1972年当時の厚生省がもっとも早く難病に指定した疾患で、以来、研究班が組織され、病因、病態について探求されてきましたが、未だに原因は不明です。現在の病因の有力な仮説として、「何らかの遺伝素因(体質)が基盤にあって、そこに病原微生物(細菌やウイルス)の感染が関与して、白血球をはじめとした免疫系の異常活性化が生じ、強い炎症が起こって症状の出現に至る」という考えがあります。遺伝素因の中では、HLA-B51が特に重視されています。HLAとはhuman leukocyte antigenの略称で、和訳するとヒト白血球抗原であり、白血球の血液型と考えていただくと理解しやすいかと思います。この分子は生体内の免疫応答の中心的な役割を果たすTリンパ球の反応性を規定する重要な分子ですので、免疫反応の異常が病気の成り立ちに関わっているという考えの一つの根拠になっています。そのほか、生体内の免疫反応や炎症に関わるサイトカインやその受容体、Tリンパ球の機能制御に関わる分子、血栓形成に関わる凝固蛋白の遺伝子についてベーチェット病との関連が検討されてきましたが、これらの研究結果の多くは地域や人種を越えて普遍的と言えるものではなく、現時点ではHLA-B51以上に疾患と深く関係している遺伝素因は見出されていません。
遺伝だけでなく、環境因子が重要であることは、トルコからのドイツなどの移民の研究などからも支持されています。ドイツに移住したトルコ人はドイツ人よりベーチェット病の発症頻度が高いのですが、トルコにずっと在住している人に比べるとその頻度が低いとされています。このことはこの病気の発症に遺伝因子、環境因子の双方が関与していることを示唆するものです。環境因子として考えられる代表的なものが病原微生物です。抜歯や扁桃炎があるとしばしば病気の増悪をみることがあることからも、口腔内の細菌の状態が病気に関わっているのではないかと考えられ、特に虫歯に関連するある種の連鎖球菌(Streptococcus sanguis)の役割が注目されてきました。そのほか、ヘルペスウイルスの関与を想定する研究者もいますが、まだ特定の原因の同定には至っていません。むしろ、いろいろなものに過敏反応を示すことがベーチェット病の特徴ではないかと考える研究者もいます。いずれにしても、単純な遺伝疾患や感染症ではなく、遺伝因子と環境因子の両者の相互作用が病気の成り立ちに重要と考えられています。
病態は?
現時点で原因を究明することは難しいので、治療戦略を考えたときには病態(病気の成り立ち)の解明が重要になりますが、これも完全に明らかになっているとは言えません。興味深い一つの仮説として、病原微生物に存在する熱ショック蛋白heat shock protein(HSP)に対する自己免疫仮説が上げらます。自己免疫とは本来外敵に対して働くべき免疫応答が自分を攻撃してしまう、自分に対してアレルギー反応が起こってしまうことで、こうした機序により起こる病気を自己免疫疾患と呼びます。ベーチェット病の場合は、いろいろな病原微生物に存在するHSPに対して免疫応答が生じると、その反応が構造的に類似する自分自身のHSPにも及び、炎症を引き起こすというのがこの自己免疫仮説です。
実際、1990年代にベーチェット病患者のリンパ球はHSPの特定の部分に反応することが英国、トルコ、日本から相次いで報告されました。さらに興味深いことに、このHSPの特定の部分をラットに投与するとベーチェット病患者のようなぶどう膜炎が発症することも報告されました。
しかしながら、一方では全身性エリテマト-デスに代表される全身性自己免疫疾患である膠原病と比較してみますと、血液検査で検出されるような特異的自己抗体もなく、女性に多いというわけでもありません(全身性エリテマト-デスは患者の90%が女性)。むしろ、最近では、発作的に起こる臨床症状は、痛風や家族性地中海熱に代表される自己炎症症候群との類似性が指摘されています。自己炎症症候群は白血球の活性化システムに障害があり、異常活性をきたして炎症を 引き起こす疾患です。この場合、自己免疫疾患とは違って病気の成り立ちにはリンパ球は直接的には関与していません。治療の面でも、ベーチェット病で好中球 の機能を制御することを目的に使用されるコルヒチンは痛風や家族性地中海熱に対しても効果を示します。こうした背景から、ベーチェット病を自己炎症症候群ととらえ、その観点からの研究も進められています。
以上のような免疫あるいは炎症の反応の中で重要な役割を担っているのが白血球より産生されるサイトカインという物質です。ベーチェット病患者の白血球はいろいろなサイトトカインを産生していますが、特に腫瘍壊死因子(tumor necrosis factor:TNF)をたくさん産生することが特徴であることがわかっていました。このTNFの働きを抑えれば病気もよくなるのではないか、という考えのもとにインフリキシマブ(レミケード)を使った新しい治療が開発されました。詳細は治療のところで改めて述べます。まだまだ、病気の原因や病気の成り立ちのしくみについてはわからない点ばかりですが、患者さんの臨床情報の詳細な検討や血液を使わせていただいく地道な研究が数年たって画期的な治療法の開発につながることがあることを皆様には是非ともご理解いただき、今後もご協力いただきたいと思います。
症状
我国で使用される厚生労働省の診断基準は日常臨床に実用性の高いものです。この基準で主症状にあげられる4つの症状は頻度が高く、特に診断上重要です。しかし、これらの症状は必ずしもベーチェット病に特異的というわけではありません。例えば、口腔内アフタ性潰瘍は健常者にもできるものと明確に区別できるものではありません。いずれも症状が繰り返すことが特徴です。
1.口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍
口唇、頬粘膜、舌、歯肉、口蓋粘膜に円形の境界鮮明な潰瘍ができます。痛みを伴い、知らないうちにできているということはまずありません。これはほぼ必発です(98%)。初発症状としてもっとも頻度の高い症状ですが、繰り返して起こることも特徴です。ただし、これだけで病院に来られる方は少なく、また、この時点で受診したとしても口腔内アフタ性潰瘍を繰り返すだけでは、診断にも至りません。この症状に加えて、このあと述べる症状が組み合わさって出現したとき、ベーチェット病を疑います。
2.皮膚症状
- 結節性紅斑様皮疹:下腿伸側や前腕に好発し、病変部は紅くなり、皮下に硬結をふれ、痛みを伴います。
- 痤瘡様皮疹:「にきび」に似た大きめの皮疹が顔、頸、胸部、背部などにできます。思春期、副腎皮質ステロイド薬を服用している場合は、その影響であることも考慮しなければなりません。
- 表在性血栓性静脈炎:主に下腿の皮膚表面に近い血管に沿って赤くなります。これを血栓性静脈炎とよびます。
そのほか共通の特徴として皮膚は過敏性の亢進があり、"かみそりまけ"を起こしやすかったり、注射や採血で針を刺したあと、発赤、腫脹、小膿疱をつくったりします。これを検査に応用したのが針反応ですが、最近は陽性率が低下しているといわれています。
3.外陰部潰瘍
男性では陰嚢、陰茎、亀頭に、女性では大小陰唇、膣粘膜に有痛性の潰瘍がみられます。外見は口腔内アフタ性潰瘍に似ています。口腔内アフタ性潰瘍ほどの再発性はなく、瘢痕を残すことがあります。患者さんにとっては医師には話にくいことかもしれませんが、診断上大事なポイントになることも少なくありません。女性ではしばしば性周期に合わせて増悪することがあります。
4.眼症状
この病気でもっとも重要な症状です。ほとんど両眼が侵されます。前眼部病変として虹彩毛様体炎が起こり、眼痛、羞明、霧視、瞳孔不整などがみられます。これに引き続き、炎症が後眼部病変に及ぶと、網膜絡膜炎となり視力低下や視野異常が生じます。発作性に悪くなり、その後回復することが多いのですが、発作を繰り返すうち、そのたびに徐々に障害が蓄積し、視力が低下していき、ついには失明に至ることがあります。眼の症状は原則として発作的に起こり、本人が気付かないうちに徐々に悪くなるという経過をとることはまれです。
以上の4つの主症状のほか、以下の副症状に分類される症状が出現することがあります。これらの症状は必ず出現するというわけではありません。特に大血管、消化管、中枢神経(脳や脊髄)に病変が生じると症状は重篤化し、後遺症を残すこともあります。これらはそれぞれ、血管型、消化管型、神経型ベーチェット病と呼ばれ、特殊病型に分類され、その病状に応じた治療が必要になります。
5.関節炎
膝、足首、手首、肘、肩などの大関節が侵されます。典型的には腫脹が特徴的です。非対称性で、変形や強直を残さず、手指などの小関節が侵されない点で、関節リウマチとは違います。
6.血管病変
ベーチェット病は広い意味では、血管の炎症の主座を置く「血管炎」にも分類されています。しかしながら、血管炎症候群に分類される他の疾患が主として動脈系に病変が分布するのに対し、ベーチェット病の血管病変には動脈系にも静脈系にも生じます。頻度的に多いのは、むしろ静脈の血栓症で、上大静脈、下大静脈、大腿静脈などの太い深部静脈が血栓により閉塞されます。臨床的には表在静脈の怒脹や静脈瘤として観察されることがあります。このように大血管病変が主座になったとき、血管ベーチェット病といいます。したがって、上下肢の皮膚に近い部分の表在性血栓性静脈炎は皮膚症状に分類されるという点は注意すべきです。また、動脈側には動脈閉塞や動脈瘤が生じることもあります。日本ではあまり経験しませんが、肺動脈瘤が生じることもあり、予後不良とされています。これらの血管病変は圧倒的に男性に多いとされています。このような血管病変の診断には画像診断が必須で、MRA、造影CT、超音波検査、血管造影検査などが必要になります。
7.消化器病変
ベーチェット病では右下腹部の回盲部を中心に腸管潰瘍が生じることがあり、腸管型ベーチェット病と呼ばれています。症状としては腹痛、下痢、下血などが出現し、腸管潰瘍が進行すると出血や穿孔を引き起こし、緊急手術を必要とすることもあります。診断には大腸内視鏡検査が必須で重症度や治療方針の決定にも重要な検査です。鑑別上問題になるのが炎症性腸疾患、特にクローン病です。腸管病変自体も鑑別に苦慮することがありますが、クローン病では腸管外症状として、関節炎、結節性紅斑、虹彩炎などベーチェット病と共通した症状が見られることがあります。全身的な症状、腸管病変の病理所見など、総合的に判断していく必要があります。
8.神経症状
中枢神経症状が前面に出る病型を神経ベーチェット病といいます。大きく髄膜炎、脳幹脳炎で発症し、急性に経過する急性型と片麻痺、小脳症状、錐体路症状など神経症状に認知症などの精神症状をきたす慢性進行型に大別されます。診断には髄液検査、MRI検査が有用ですが、CTでははっきりした所見が得られないことも少なくありません。最近はシクロスポリンの副作用による急性型の神経症状が増加しています。また、喫煙との関連も注目されています。
9.副睾丸炎
睾丸部の圧痛と腫脹を伴い、男性患者の約1割弱にみられます。比較的特異性が高いと言われていますが、他の原因を除外することも大事です。
そのほかにも稀ではありますが、心臓、肺、腎臓などいろいろな臓器病変をきたしうる疾患ですので、上記以外の症状が出現したときにも担当医の先生とよく相談していただくことが重要です。
診断と病型分類
以上のようにベーチェット病の症状は多彩であり、症状の出現パターンも患者さんによりさまざまです。また、ベーチェット病には診断に直結する特異的な検査所見はないので、症状の組み合わせを考慮した診断基準を用いて診断されます。日本では1987年に作成され、2003年に改定された厚生労働省ベーチェット病診断基準が一般的に使用されています。この診断基準には4つの主症状と5つの副症状があり、その組み合わせにより、完全型、不全型、疑い例と分類されます。症状の出現はその時点だけではなく、それまでの病歴で出現していれば、カウントしていきます。また、副症状のうち腸管、中枢神経、大血管の病変が前面に立ち、治療上も優先度が高い場合は特殊病型に分類され、それぞれ腸管型、神経型、血管型ベーチェット病と分類しています。
典型的な例の診断はさほど困難ではありませんが、副症状が主体である場合は必ずしも容易ではありません。また、参考事項に記載されているように、類似した臨床症状を呈する他の疾患を除外していくことが重要な診断要素になります。
世界的にはいくつものベーチェット病診断基準や分類基準が提唱されていますが、代表的なものは1991年に報告された国際分類基準です。これは国際間の研究成績を比較するとき、同じ土俵で勝負するための基準であり、日常臨床に使用することを念頭においた厚生労働省の診断基準とは目的が異なっています。したがって、どちらが優劣というわけではなく、大事なのは目的に応じた使い分けです。
ベーチェット病の活動期分類と重症度分類
ベーチェット病の症状は「眼発作」に代表されるように、病状が悪い時期が突発的に起こります。この悪い時期を「活動期」といい、病状が治まった時期を「非活動期」とよび、「非活動期」が持続している場合、「寛解」という言葉が用いられます。日常診療ではこの活動性を参考に治療指針を立てていきます。この活動性を数値化したり、定量化するのは難しいのですが、厚生労働省ではベーチェット病の活動期分類を作成しています。私たち診療医の多くは、これを毎回毎回計算しているわけではありませんが、この表にあるような項目を念頭において、活動性を評価し、治療を考えるわけです。また、患者さんの中には非活動期になると往々にして来院されなくなるケースがありますが、どんなに状態が良くとも油断せずに定期外来の受診だけは欠かせないで欲しいものです。
また、ベーチェット病の臨床症状は多様で、患者さんごとに異なり、軽症の人から重症の方までさまざまです。厚生労働省ではベーチェット病の重症度基準による評価システムも作成しています。