ベーチェット病とは
治療
治療は疾患活動性、重症度を考慮し、治療の優先順位を決め、治療法を選択していきます。
1.眼症状
虹彩毛様体など前眼部に病変がとどまる場合は、発作時に副腎皮質ステロイド点眼薬と虹彩癒着防止のため散瞳薬を用います。
網膜脈絡膜炎では、急性眼底発作時にステロイドのテノン嚢下注射あるいは全身投与で対処し、発作の消退につとめます。また、発作の反復が視力の低下につながりますので、積極的な発作予防が必要となります。コルヒチン0.5-1.5mgが第一選択薬とされることが多いのですが、不十分な場合にはシクロスポリンを使用します。シクロスポリンは5mg/kg程度より開始し、腎機能障害や中枢神経症状などの副作用に注意しながら、トラフ値は150ng/mlを目安に調整していきます。
さらに、シクロスポリンにも抵抗性を示す難治例ではインフリキシマブ(抗腫瘍壊死因子抗体)を検討します。投与スケジュールは関節リウマチに準じ、0、2、 6週に5mg/kg投与し、以後8週間隔とするのが一般的です。
諸外国で使用されることが多いアザチオプリンは、日本では上記薬剤の副作用出現時など用途が限られているのが実情です。
2.皮膚粘膜症状
口腔内アフタ性潰瘍、陰部潰瘍には副腎ステロイド軟膏の局所塗布が有効です。また、内服薬としてはコルヒチン、セファランチン、エイコサペンタエン酸などが効果を示すことがあります。
結節性紅斑についてはコルヒチンの有効であり、痤瘡様皮疹は一般的な痤瘡に準じた局所治療を行います。
薬物療法のほか口腔内、病変局所を清潔にたもつこと、齲歯の治療も重要です。ただし、齲歯治療時に一過性に口腔内アフタ性潰瘍などの症状が出現することがあります。
3.関節炎
コルヒチンが有効とされていますが、対症的には消炎鎮痛薬も使用します。これらの効果がない場合に副腎皮質ステロイド薬(プレドニゾロン換算10mg)を用いることもありますが、使用は短期にとどめるべきです。
4.血管病変
特に炎症を伴う動脈病変では副腎皮質ステロイド薬(0.5-1.0mg/kg)にアザチオプリン(50-100mg)、シクロフォスファミド(50-100mg)、シクロスポリンA(5mg/kg)などの免疫抑制薬を併用します。
我国では深部静脈血栓症をはじめ血管病変に対しては抗凝固療法を選択されることが多いのですが、諸外国では肺出血のリスクを上げるとして、使用を控える傾向にあります。日本で実際に抗凝固剤の使用による致命的な肺出血の症例はほとんど経験されないことから、抗凝固療法をあえて回避する必要はなく、むしろ肺塞栓症のリスクなどを考慮すると必須な治療ではないかと考える専門医が多いようです。
動脈瘤破裂による出血は救命のための緊急手術の適応になります。しかし、動脈瘤の待機的手術には異論が唱えられています。これは、ベーチェット病では、血管の手術後に縫合部の仮性動脈瘤の形成などの病変再発率が高く、かえって危険であり、可能な限り保存的に対処すべきとの考えに基づくものです。手術した場合にも術後再発の防止のため免疫抑制療法を十分に行う必要があります。
5.腸管病変
クローン病などの炎症性腸疾患に準じた治療で、副腎皮質ステロイド薬(0.5-1.0mg/kg)、スルファサラジン(1500~2000mg)、メサラジン(1500~2500mg)、アザチオプリン(50-100mg)などを使用します。副腎皮質ステロイド薬は状態をみながら、漸減し、できれば中止とし、長期投与は避けるのが原則ですが、実際には難治性でステロイドの離脱に苦慮することも少なくなく、そのためステロイドの副作用対策も患者さんのQOL、予後の上では重要です。最近では、TNF阻害薬の有効性が報告され、その効果に期待がもたれていますが、現時点では腸管病変それ自体には保険適応はありません。消化管出血、穿孔は手術を要しますが、再発率も高く、術後の免疫抑制療法も重要です。
6.中枢神経病変
急性型の脳幹脳炎、髄膜炎にはステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン 1,000mg×3日間)を含む大量の副腎皮質ステロイド薬(1mg/kg)が使用され、アザチオプリン(50-100mg)、メソトレキサート(10-15mg/wk)、シクロホスファミド点滴静脈注療法(500mg/m2/month)などを併用することもあります。急性型はこれらの治療に比較的よく反応し、改善する例がほとんどです。しかし、一部は急性発作を繰り返しながら、慢性進行型に移行していきます。
一方、精神症状、人格変化などが主体とした慢性進行型に有効な治療方法は確立したものがあるとは言えません。メソトレキサート週一回投与(10-15mg/wk)の有効性が報告されています。実際には若くして認知症症状が進行し、医学的な治療よりも、更生施設の入所の斡旋など社会的な対応が重要になる場合も経験されます。
眼病変に対するシクロスポリン服用患者では、その20-25%に神経症状が出現するとされています。ベーチェット病全体の神経症状頻度は10-15%程度であり、いくつかの研究において、シクロスポリン服用が神経症状発現の一つの危険因子であることが明らかにされています。不思議なことにこのような中枢神経の副作用は他の自己免疫疾患や移植患者ではほとんど見られないベーチェット病に特徴的なものです。しかし、その発症理由は分かっていません。いずれにしても神経症状に対してシクロスポリンは禁忌であり、神経症状の出現をみたら中止し、他の治療薬に変更すべきです。ほとんどが急性型ですので、シクロスポリンの中止と副腎ステロイド薬投与で改善します。
参考
今年、トルコのリウマチ専門医が中心となりヨーロッパリウマチ学会(EULAR)から、ベーチェット病治療の推奨(”EULAR recommendation for the management of Behcet’s disease: report a task force of the European Standing Committee for International Clinical studies including therapeutics (ESCISIT)”, Hatemi G, et al, Ann Rheum Dis, 2008 on line)が報告されました。その概略を下表に示しますが、過去の文献をベースに作成されたものですが、ランダムコントロール試験で有効性が証明されたものは少なく、特に血管型、腸管型、神経型に関する推奨のエビデンスレベルは必ずしも高くありません。これまで、このような治療指針は存在していませんでしたので、多いに参考にはすべきですが、日本の現状との相違についても理解しておく必要があります。特に眼病変に対する治療は大きく異なります。インフリキシマブの切れ味を目の当たりにしたこともあり、諸外国でエビデンスが蓄積されているアザチオプリンやインターフェロンの再評価を行い、これに追従しようという動きは今のところはありません。むしろ、日本独自のエビデンスを確立し、実情にあった診療ガイドライン、マニュアルを作成していくことの方が重要だと思われます。こうした観点から現在、厚生労働省の研究班としてもベーチェット病ぶどう膜炎に対するインフリキシマブ使用のガイドライン、血管型、腸管型、神経型の特殊病型に対する診療ガイドラインの作成に取り組んでいます。